Dovelog

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18日。地元の広島に戻っての次のショーは、市内随一の繁華街のただ中にあるジュゲムでおこなった。ジュゲムは、広島最古のロック喫茶だ。今までに数度の移転をしているが、開店は1971年。つまり、自分と同年である。マスターは残念ながらすでに亡いが、ルーシーの愛称で知られる夫人が切り盛りしている。

カウンターがメインの、通常は25人ぐらいが居心地のよい店内は、その夜40人を超す聴衆がつめかけた。保守的な広島だ。ルーシーの努力の賜物に間違いなかった。騒然とした店内。ケヴィンとつんさんのコンビネーションは、さらに冴えを見せていた。いわばロック色強い曲がよりウケると判断し、後半に張り切り過ぎてしまい、すこし声を痛めたほどだった。

広島に在住の外国人も何人か訪れてくれ、とりわけ広島でも屈指のハーピストである英国人キット・ウェンズリーとは、翌日の共演の話しまで出た。自分はノータッチで、当人同士のフィーリングの良さから決まってしまっていた。過去、ビーヴァ・ネルソン、トロイ・キャンベル、ウォルター・トラガート、スクラッピー・ジャド・ニューコム、ガーフ・モーリックスらと共演してくれているキットの腕に不安などあろうはずもなかった。

そして、ルーシー、ルーシーだ。広島シーンの“お袋”とでもいうべきルーシーに、ケヴィンが感銘を受けぬはずもない。彼女の写真は、ケヴィンのウェブサイトに出ている。

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16日に来日、そして関西空港から即広島という強行日程。本人が希望したものとはいえ、それはいかにも大変なものだったが、新幹線から降り立った姿は意外なほど元気そうだった。初めての国、期待が疲れを打ち消して余っていたのだろう。広島駅からさらに在来線に乗り換え、広島県呉市に着いた頃には日付が変わっていた。とるものもとりあえず、眠ってもらった。

翌日からケヴィンの体調は良好であり、食うものにも何の問題もなかった。生魚を始め、食べられないものというのはまずなかった。滞在していた呉の我が家では、刺身、焼き魚、肉じゃが、串カツなど、何でも美味しく楽しんで食べていた。なかなか高価な抹茶(粉末)やお香、木製の弁当ボックスなど、探していた土産物は、呉の商店街である“れんが通り“でほぼ揃った。

ゆるゆる日中を過ごし、午後遅くに広島市内に向かった。リハーサルのためだった。今回のツアー、広島と松山でケヴィンとの共演(コンガ&ジャンベ)をお願いしたのは、“つんさん”の愛称で知られる水木恒夫さん。広島市内在住のこの人物、ヴェテラン・パーカッショニストは、かなり以前から姿を見かけてはいた。どういう演奏をされるのかも、自分なりに分かっていた。ケヴィンのためにパーカッショニストを、と考えた次の瞬間からこの人に依頼することを決めていた。快く引き受けてくださったばかりか、ケヴィンの音楽に好感を持ってもらった時点で、「こりゃあイケる」と思った。

この二人の組み合わせ、二人の持つ演奏力が合わされば、必ず面白いものになる。そう信じて疑わなかったが、リハーサルからしてその期待以上のものがあった。初対面の挨拶もそこそこに始める。リズムはもう始めから当たり前のようにキマっていた。最初っから、お互いに何の遠慮も心配もない。後は曲によって、どの楽器を使うかを吟味するぐらいだった。

ケヴィンの声もよく出ていた。(故郷のアイダホ州ボイジーから)オースティンに移り、本格的な活動を始めながらも、ほどなくギター・プレイヤーとしての仕事を得てしまい、長く自らリードで歌うということから遠ざかったため、声が弱くなってしまった。ソロとしての活動を再度本格化しはじめたのが昨年の秋ぐらいだったか。以来、リハビリ期間と言えなくもないショーを重ね、ここに来てようやく戻ってきたという感じだろう。バック・ヴォーカルをお願いしたマギーさん、美由記さんも、事前に大雑把な方向を伝えただけだったが、予想通りに仕上げてきてくれていた。内心、「やったぜ」とひじょうな手応えを感じていた。

呉にひきあげてきて、駅裏の大和温泉でリラックス。これで初来日公演への体制は盤石、といったところだった。

17日、初来日にして初公演となった松山へ船で向かう。最後に船に乗ったのは、もう10年以上も前だという。本人、この瀬戸内海をわたる船旅をかなり楽しんでいた。今回のツアーでは本人もかなり大量の写真を撮影したが、海や小さな島々もかなり撮っていた。

人々、街、ショー....松山は、本人いたく気にいっていた。タクシーというルームの音響も、やはり好評だった。その場の聴衆の姿勢も素晴らしかったとのことだ。毎度ながら松山も基本的に静かだったが、本人は多くの人が音楽に集中しているのを感じたという。パーカッションで参加頂いたつんさんも、あまりに視線が来ていたので何時ものように客席を見なかったと苦笑いされていた。アコースティック・ギターとひとつの打楽器のみの演奏。最小の編成。シンプルな中の、二人の会話。豊富な経験に裏打ちされた、両者の高いミュージシャン・シップ。それがビシビシと伝わるショーだった。

松山では、道後温泉からほど近い3人で12畳の格安の部屋に泊まった。自分の経済上の理由からそうなったもので、二人には快適とは言えなかっただろうが、お互いの距離というものが、理屈でなく、またあからさまでもなく縮まったことを確信した。朝、目覚めると、横でケヴィンが何やらゴソゴソしている。何か書き物をしているようだったが、二度寝の夢のなかに消えてしまった。後で、それは曲を書いていたのだと分かった。松山での(もちろん良い意味での)驚きと喜びが、曲を書かせたのだった。ギターを取り出し、書き留めた歌詞、コード進行を確認しつつ、弾きながら歌ってみる。なかなか良い。次のアルバムに入って欲しいものだ。

そう云えば、この日の朝の散歩で飲み物をもとめたが、その時に勧めたポカリスエットもいたく気に入っていた(下の写真はその時のものだ)。
That was great night and we had blast.
Kevin Carroll and Shuichi appreciate nice people in MATSUYAMA.
to the cool company Yass, Hiroko, Kazu, Toshi, Eiji.
Special thanks to and Shinozaki Daihyo, Dr. Tsurui and the Masakonga, Sexy Drummer from KANAZAWA.
And of course, all the people came down to the show.
Kevin's so happy to play in Matsuyama as the very first show, very first time in JAPAN.

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Kevin Carroll at TAXI in Matsuayama

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Kevin Carroll at TAXI in Matsuayama

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Kevin Carroll and Tsuneo Mizuki (Percussion)

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KC with Pocari Sweat

We're gonna hit Hiroshima tonight......
昨夜、ケヴィン・キャロルは無事に来日した。大阪から広島、そして呉へ。本人の希望だったといえ、かなりの強行軍だったが、まず元気そうだ。本人はまだ階下で寝ているが、今日は夕方からリハーサルがある。そして、ツアーは明日の松山からいよいよ始まる。初来日、初公演だ。

http://www.myspace.com/athomeatwestatlast

ところで、先日、ケヴィン・キャロルをピーター・バラカンさんのネット・ラジオ番組でも取り上げて頂いた。メジャーかマイナーかは無論、タイアップがどうとかもちろん関係なく、自分の審美眼というか、耳にかなわないと紹介してくれない方だけに嬉しかった。ましてや、今回のツアーは、関東方面での公演は一切無い。ミュージシャンの名前は伏せるが、過去にもツアーでは人がそこそこ入ったものの、ピーターさんには紹介してもらえなかったというケースもあった。いわば、“おつきあい“はしない人だし、サウンドも言葉もちゃんと聴いて判断されるだけに、ピーターさんに紹介してもらえるということは自分にとって嬉しいのだ。

さて、ケヴィン・キャロルの新作"Tourmaline"には、自分にとって特に思い入れの深い曲がある。前回、タイトルだけチラリと触れたが、今回はその2曲について書いてみたい。

まず、"Make It Feel Good"からいってみよう。

Make It Feel Good by Kevin Carroll

メンフィスのホテルのなかにある古ぼけた小さなバー
オルガンの音色を聴こえてくると、君はどこにいるのかなと考える
あの頃を思い出すんだ

“ドック・オブ.ザ・ベイ”から“ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート”まで
甘く囁くようなラヴ・ソング
ちゃんともう一度演れるのなら、さあ、また演ろうじゃないか

いい感じで いい感じで いい感じで
いい感じで いい感じで いい感じでさ

昔のラジオ局じゃ“ウィ・ハド・イット・オール”を流したもんだった
だけど、田舎の安酒場と大きくなっていった街の挟間にかき消されたんだ
ものごと変わっていくけど、実はそれほどでもないんだよ

俺は昔のものにしがみついてるけど、そいつを現実にしようとしてるんだ
何でこの世界があの感じを無くしたんだろうかとまったく不思議だ
ちょっとばかり上手くやれば取り戻せるよ、あの感じ

いい感じで いい感じで いい感じで
いい感じで いい感じで いい感じでさ
いい感じで いい感じで いい感じで
いい感じで いい感じで いい感じでさ

でかいショッピング・モールをぶらついてみても
そこじゃあ何も見つからない
携帯電話の着信履歴をさがしてみても
大事そうな電話はかかってきてない
ただ一つのゴールにむかってラジオのダイヤルをあわせてみる
僕らがしっかりと手を取り合ってたあの頃に戻りたい
揺るぎない黄金のソウルがあふれるあの世界に

いい感じで いい感じで いい感じで
いい感じで いい感じで いい感じでさ
いい感じで いい感じで いい感じで
いい感じで いい感じで いい感じでさ

これはメンフィス・ソウルへのオマージュとでもいうべきもので、心踊る素晴らしい曲だ。自分も米南部の音楽は好きだが、その同じ憧れが、また彼の心にもあったことが嬉しかった。この曲、メロディも良いが、歌詞がまた良い。日本にも熱烈な支持者が居るダン・ペンやドニー・フリッツの名曲のタイトルが、実にさり気なく盛り込まれ、シンプルながら上手く、そして深い韻の踏み方をしている。とりわけ、「物事変わっていくけど、さほどでもないんだ」と、サラリと歌われているくだりが大好きだ。

そして、自分の推測だが、この曲の歌詞中の主人公は携帯電話を持っているという設定ではなかろうかと思う。そして、この携帯ならではの情景を展開しているように思える。さらに、かつて黒人(歌)と白人(演奏と作曲)が共同で生み出したメンフィス・ソウルを意識したのかもしれない一節とも取れる表現がいい。自己解釈では、「僕ら」としたが、原詞は、「you and I」となっている。これは、黒人と白人を意味しているのでは....?というのは深読みが過ぎるだろうか。また、もっと言えば、「本当に大事なものの本質は変わりはしない」という思いが込められていると思うのだ。

次に、"Give It Away"。

Give It Away by Kevin Carroll

窓の外をじっと眺めてみたことはあるかい
価値あるものって何だろうか?
影の中に隠れたみたことはあるかい
再生へと導いてくれる光を待ってるのか?

なにもかも分けてあげればいい
ありったけの愛も痛みも
毎日でも自分を解き放てばいい
分けてあげればいい何度も何度でも

物にしがみついたことはあるかい
自分の物にしばられるまで
自分を見失ったことはあるかい
残された答えはただひとつ
どうするか分かってるか?

分けてあげれば間違いない
お気に入りのあのうたを
大きな声で高らかに
分けてあげればいい
一生分けてあげればいいんだ

ツイてない人に心ある人に
バスのうしろのほうにいる彼女にも
つまらぬ心配をせぬよう彼にも
あげればいい分けてあげれば

山々に海に
君の神に見返りなく
明日がやって来ないとしても
あげればいい分けてあげれば
僕を信じて僕からも持ってゆけばいい

これはもう出オチならぬ出ギメ。もうイントロのアコースティック・ギターの音一発で決まりだ。それがこの曲を語っている。歌詞とサウンドが完璧なまでに融合している。初めて聴いた時は、まだデモの段階だったが、最初から素晴らしいと思っていた。ポジティヴに、普遍的なメッセージをうたう。手法自体は手あかにまみれているだろうが、安い応援歌でもなければ、アジテーションでもない。そこが好きだ。

初めて観たケヴィンのソロ・ショーでも、何か聴きたい曲はないかと訊かれて即座にこの曲をリクエストしたことを覚えている。また、まだアルバムのリリース前、完成する一歩手前の段階だったろうか、ケヴィンにどの曲がラジオ向きだと思うかと訊かれて、即座にこの曲を挙げたことも。アルバムのリリース後、彼のウェブサイト上で公開でおこなわれた同じようなアンケートでもダントツにこの曲が強かった。やや不思議なのだが、本人には特にこの曲に対して大きな意識はなかったらしい。
今日は告知、しかし、自分流のやり方でやる。自分のやっていることの告知と言えばそれに違いないが、そこに主眼を置くでも、また、よくありそうな宣伝文句を並べるつもりもない。

ケヴィン・キャロルの音楽に出会ったのは、何年前だったか....たしか、98年か99年か、その辺りだったろうか。98年に始まった自分の現在進行形音楽掘り起こし~オースティン・シーンへの出会いは、ルーズ・ダイヤモンズというバンドによって一気に加速した。そのバンドのメンバーの一人が、あのスクラッピー・ジャド・ニューコム。スクラッピーに惚れ込んだ私は、彼の参加しているレコードを漁りはじめた。そして見つけたのが、ケヴィン・キャロルというシンガー・ソングライターのファースト・アルバム、"Redemption Day"(1997年)だった。

ケヴィン・キャロルに関する予備知識は一切なし、ジャケットすら見られず、ただスクラッピーが参加しているというだけ、それも何曲なのか入手するまで分からなかった。しかし、これが当たった。ケヴィン・キャロルは、自分好みのシンガー・ソングライターだった。シビアな重い曲が多目なのだが、独特の捻りが感じられるし、エレクトリック・ギターがまた格好良い。最初はクレジットなど見ずにただ聴いていたので、それらのギターは全てスクラッピーによるものと思っていたが、そうではなかった。ギターはスクラッピーとほぼ半々に弾いており、ケヴィン・キャロルのギターもスクラッピーに比べても遜色の無いものだったのだ。ソングライターであり、シンガーであり、ギター・プレイヤー、そして実はプロデューサー。これはもう私のもっとも好きなタイプのミュージシャンである。

そして、アルバムに参加したメンバーも重要だ。マイケル・ラモス、ビーヴァー・ネルソン、ブルース・ヒューズ、ゲイリー・ニューコム、ダムネイションズのエイミー・ブーンとデボラ・ケリー.....現在そのレコードのクレジットを見てみると、今となっては、いや、今だからこそ分かるお馴染みの面々が名前を連ねている。90年代半ばのオースティン・シーンの実に重要な一枚だと思っている。

そのアルバムはずいぶん聴いたし、ケヴィン・キャロルに注目するようになったが、当時、この人物に関する情報も皆無だった。それでもまだ少なかったツテを辿り彼のメール・アドレスを入手してコンタクトし、ついにはメールでインタヴューまでしてしまった。チャーリー・ロビスン(ディキシー・チックスのエミリーの現旦那)のツアー・バンドでもう長いことリード・ギターを任されているというのも驚いたが、何より嬉しかったのは新作を作るということだった。

実際に初めて会ったのは、ようやくの2003年だった。話しの流れで自宅に泊めてもらうことになり、そこで当時制作中だった新作のデモを聴かせてもらった。色々なスタイルの曲があり、どれも実に興味深かったが、その中でもひときわ耳を引かれたのは"Make It Feel Good"と、"Give It Away"という2曲だった。素晴らしい曲を揃えて制作されていた新作は、しかし、なかなか完成しなかった。チャーリー・ロビスンのツアーで忙しいという事情もあった。この間も何度か制作途中の段階の音を送ってくれていた。同じ一連の曲でもシンプルかつルーツよりになったかと思えば、かなりアヴァンギャルドなトンだものにも一時期なっていた。正直、これは行き過ぎでは?と感じたこともあったが、より良いものに仕上げるための試行錯誤は、ひじょうに興味深いものだった。

時はさらに流れて、昨年、2007年。長かった。ファーストからちょうど10年振りの新作は、"Tourmaline"(トゥアーマリン)というタイトルでついにリリースされた。曲の良さはそのままに、制作過程の指向錯誤を見事に活かし、バランスの取れた仕上がりに流石と思わされた。それまでも来日の話しは持ち上がったというか、持ち上げていた。特に昨年の秋にヤルつもりだったのだが、諸事情により無念の中止。そして、今年、2008年7月。ついに実現の運びとなった。詳しくは以下をご覧頂きたい。

http://www.myspace.com/athomeatwestatlast

今夜は書ききれないこともあったので、明日か明後日か、またこの続きをと思う。
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