Dovelog

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明けて7月19日、土曜。広島での二度目のショーは、自分が毎度使わせて頂いているカポネというお店。午後は広島市内の有名な日本庭園へ。生憎の空模様だったが、ケヴィンはこの日本庭園をえらく気にいり、その美しさと静けさにひたって非常にリラックスした様子だった。

そして、カポネへ。ここのマスター夫妻には、いつも手厚いバックアップをしてくれるし、もう何度となく使っているので何の不安もなかった。ショーも良いものになった。つんさんに加え、バック・ヴォーカルをお願いしたマギーさん、美由記さんも当然のようにリハの時よりさらに仕上げてきてくれた。そして、前日に急きょ決まったキット・ウェンズリーの参加も予想通り素晴らしいものになった。キットは、その瞬間瞬間に出てくる音を聴きながら吹くことができる。あえてアラをさがすなら、ケヴィンが前日のショーで張り切り過ぎて多少声を痛めていたが、これとて殆どの人は気づかなかったろう。

今回のツアーでは、特にカヴァー曲を演奏することを事前に頼んでいた。ビートルズを1曲、ストーンズを1曲、ディランを1曲、そして(大阪での会場がブルース・クラブだったので)ブルースの古典を1曲。そうして本人が選んできたのは、ビートルズは"While My Guitar Gently Weeps"(ケヴィンはジョージ・ハリスンが大好き)、ストーンズは"Moonlight Mile"、ディランは"Blind Willie McTell"、そしてブルースの曲はブラインド・ウィリー・ジョンソン(!)の"Soul of a Man"と、何ともこの人らしいというか、一癖あるセレクション。この日一つ残念だったのは、声の問題でビートルズの"While My Guitar Gently Weeps"を演らなかったことだけだった。

次の日は金沢への移動、そしてショー。これはなかなか大変だったが......

Photos from the show by Tetsuya Sada

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18日。地元の広島に戻っての次のショーは、市内随一の繁華街のただ中にあるジュゲムでおこなった。ジュゲムは、広島最古のロック喫茶だ。今までに数度の移転をしているが、開店は1971年。つまり、自分と同年である。マスターは残念ながらすでに亡いが、ルーシーの愛称で知られる夫人が切り盛りしている。

カウンターがメインの、通常は25人ぐらいが居心地のよい店内は、その夜40人を超す聴衆がつめかけた。保守的な広島だ。ルーシーの努力の賜物に間違いなかった。騒然とした店内。ケヴィンとつんさんのコンビネーションは、さらに冴えを見せていた。いわばロック色強い曲がよりウケると判断し、後半に張り切り過ぎてしまい、すこし声を痛めたほどだった。

広島に在住の外国人も何人か訪れてくれ、とりわけ広島でも屈指のハーピストである英国人キット・ウェンズリーとは、翌日の共演の話しまで出た。自分はノータッチで、当人同士のフィーリングの良さから決まってしまっていた。過去、ビーヴァ・ネルソン、トロイ・キャンベル、ウォルター・トラガート、スクラッピー・ジャド・ニューコム、ガーフ・モーリックスらと共演してくれているキットの腕に不安などあろうはずもなかった。

そして、ルーシー、ルーシーだ。広島シーンの“お袋”とでもいうべきルーシーに、ケヴィンが感銘を受けぬはずもない。彼女の写真は、ケヴィンのウェブサイトに出ている。

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16日に来日、そして関西空港から即広島という強行日程。本人が希望したものとはいえ、それはいかにも大変なものだったが、新幹線から降り立った姿は意外なほど元気そうだった。初めての国、期待が疲れを打ち消して余っていたのだろう。広島駅からさらに在来線に乗り換え、広島県呉市に着いた頃には日付が変わっていた。とるものもとりあえず、眠ってもらった。

翌日からケヴィンの体調は良好であり、食うものにも何の問題もなかった。生魚を始め、食べられないものというのはまずなかった。滞在していた呉の我が家では、刺身、焼き魚、肉じゃが、串カツなど、何でも美味しく楽しんで食べていた。なかなか高価な抹茶(粉末)やお香、木製の弁当ボックスなど、探していた土産物は、呉の商店街である“れんが通り“でほぼ揃った。

ゆるゆる日中を過ごし、午後遅くに広島市内に向かった。リハーサルのためだった。今回のツアー、広島と松山でケヴィンとの共演(コンガ&ジャンベ)をお願いしたのは、“つんさん”の愛称で知られる水木恒夫さん。広島市内在住のこの人物、ヴェテラン・パーカッショニストは、かなり以前から姿を見かけてはいた。どういう演奏をされるのかも、自分なりに分かっていた。ケヴィンのためにパーカッショニストを、と考えた次の瞬間からこの人に依頼することを決めていた。快く引き受けてくださったばかりか、ケヴィンの音楽に好感を持ってもらった時点で、「こりゃあイケる」と思った。

この二人の組み合わせ、二人の持つ演奏力が合わされば、必ず面白いものになる。そう信じて疑わなかったが、リハーサルからしてその期待以上のものがあった。初対面の挨拶もそこそこに始める。リズムはもう始めから当たり前のようにキマっていた。最初っから、お互いに何の遠慮も心配もない。後は曲によって、どの楽器を使うかを吟味するぐらいだった。

ケヴィンの声もよく出ていた。(故郷のアイダホ州ボイジーから)オースティンに移り、本格的な活動を始めながらも、ほどなくギター・プレイヤーとしての仕事を得てしまい、長く自らリードで歌うということから遠ざかったため、声が弱くなってしまった。ソロとしての活動を再度本格化しはじめたのが昨年の秋ぐらいだったか。以来、リハビリ期間と言えなくもないショーを重ね、ここに来てようやく戻ってきたという感じだろう。バック・ヴォーカルをお願いしたマギーさん、美由記さんも、事前に大雑把な方向を伝えただけだったが、予想通りに仕上げてきてくれていた。内心、「やったぜ」とひじょうな手応えを感じていた。

呉にひきあげてきて、駅裏の大和温泉でリラックス。これで初来日公演への体制は盤石、といったところだった。

17日、初来日にして初公演となった松山へ船で向かう。最後に船に乗ったのは、もう10年以上も前だという。本人、この瀬戸内海をわたる船旅をかなり楽しんでいた。今回のツアーでは本人もかなり大量の写真を撮影したが、海や小さな島々もかなり撮っていた。

人々、街、ショー....松山は、本人いたく気にいっていた。タクシーというルームの音響も、やはり好評だった。その場の聴衆の姿勢も素晴らしかったとのことだ。毎度ながら松山も基本的に静かだったが、本人は多くの人が音楽に集中しているのを感じたという。パーカッションで参加頂いたつんさんも、あまりに視線が来ていたので何時ものように客席を見なかったと苦笑いされていた。アコースティック・ギターとひとつの打楽器のみの演奏。最小の編成。シンプルな中の、二人の会話。豊富な経験に裏打ちされた、両者の高いミュージシャン・シップ。それがビシビシと伝わるショーだった。

松山では、道後温泉からほど近い3人で12畳の格安の部屋に泊まった。自分の経済上の理由からそうなったもので、二人には快適とは言えなかっただろうが、お互いの距離というものが、理屈でなく、またあからさまでもなく縮まったことを確信した。朝、目覚めると、横でケヴィンが何やらゴソゴソしている。何か書き物をしているようだったが、二度寝の夢のなかに消えてしまった。後で、それは曲を書いていたのだと分かった。松山での(もちろん良い意味での)驚きと喜びが、曲を書かせたのだった。ギターを取り出し、書き留めた歌詞、コード進行を確認しつつ、弾きながら歌ってみる。なかなか良い。次のアルバムに入って欲しいものだ。

そう云えば、この日の朝の散歩で飲み物をもとめたが、その時に勧めたポカリスエットもいたく気に入っていた(下の写真はその時のものだ)。
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